ハライチ岩井さんの執筆を支えるノートの秘密!独特な感性が生まれるアナログなこだわり

 

お笑いコンビ・ハライチのボケ担当であり、ネタ作りも担う岩井勇気さん。近年ではエッセイストとしても類まれな才能を発揮し、著書『僕の人生には事件が起きない』がベストセラーとなるなど、その独特な文体と視点が多くの人々を魅了しています。

 

そんな岩井さんの創作活動を支えているのが、意外にもデジタルデバイスではなく、一冊の「ノート」と一本の「ペン」です。こだわり抜かれたアナログな執筆環境には、彼が芸人として、そして表現者として大切にしているエッセンスが凝縮されています。

 

この記事では、ハライチ岩井さんの執筆に欠かせないノートの秘密や、そこから生まれる独自の世界観について深掘りしていきます。読めば、彼の文章がなぜこれほどまでに私たちの心に刺さるのか、その理由が見えてくるはずです。

 

ハライチ岩井さんの執筆に欠かせない「ノートとペン」のこだわり

 

岩井勇気さんの執筆スタイルを語る上で、まず外せないのがその道具選びです。現代の作家やライターの多くがパソコンやタブレットで文章を綴る中、岩井さんは徹底して「紙とペン」によるアナログな手法を貫いています。そこには、単なる懐古趣味ではない、彼なりの深い理由があります。

 

愛用ノートはコクヨの「キャンパスノート」

 

岩井さんがエッセイや漫才のネタを書く際に長年愛用しているのが、誰もが一度は手にしたことがある定番中の定番、コクヨの「キャンパスノート」です。特にドット入りの罫線が入ったタイプを好んで使用しており、文字のバランスを取りやすい点が気に入っているようです。

 

サイズについてもこだわりがあり、持ち運びに便利なA5サイズやB5サイズを、その時の気分や用途に合わせて使い分けています。高級な革張りのノートではなく、どこでも手に入る量産品のノートを選ぶあたりに、岩井さんらしい気取らないスタンスが表れています。

 

ノートを広げてペンを走らせる時間は、彼にとって思考を整理するための神聖な儀式のようなものかもしれません。使い慣れた紙の質感や、ページをめくる音、そして一冊を使い切った時の達成感が、創作のモチベーションを維持する大きな要因となっています。

 

岩井さんがキャンパスノートを選ぶ主な理由:
・どこでも安価に手に入り、ストックを確保しやすい
・ドット入り罫線により、文字の大きさを揃えて書きやすい
・学生時代から慣れ親しんだ安心感がある

 

三菱鉛筆「ユニボール シグノ 0.38」への絶対的な信頼

 

ノートと共に岩井さんの執筆を支える相棒が、三菱鉛筆のゲルインクボールペン「ユニボール シグノ 0.38mm(黒)」です。このペンでなければならないというこだわりは非常に強く、予備のペンも常に数本用意しているほどです。

 

0.38mmという極細のペン先が生み出す適度な抵抗感と、滑らかなインクの出具合が、岩井さんの書くリズムに完璧にフィットしています。力強く、時に流れるように綴られる言葉たちは、このペンによって命を吹き込まれていきます。

 

文章を書く際、ペンが手に馴染まないと集中力が削がれてしまうため、自分に最適な筆記具を見つけることは重要です。岩井さんは試行錯誤の末にこのシグノに辿り着き、現在では「これ以外のペンでは書く気になれない」とまで公言しています。

 

なぜデジタルではなく「手書き」にこだわるのか?

 

スマホのメモ機能やパソコンを使えば、修正やコピペも容易で効率的です。しかし、岩井さんはあえて手書きを選びます。その最大の理由は、「書くという身体感覚」が思考と直結しているからだといいます。

 

キーボードを叩くスピードよりも、ペンを動かすスピードの方が思考のテンポに近く、言葉を吟味しながら綴ることができるのです。また、ノートに直接書くことで、その時の筆圧や字の乱れから自分の感情を読み取ることができ、それが文章に「熱量」として反映されます。

 

さらに、手書きは「戻れない」という緊張感を生みます。一文字一文字を丁寧に刻むことで、安易な表現に逃げることを防ぎ、岩井さん特有のキレのある鋭いフレーズが生み出されているのです。アナログな不便さこそが、彼の個性を形作っています。

 

岩井さんのように手書きを重視する作家は意外と多く、筆運びの感触が脳を刺激し、新しいアイデアを生み出しやすくする効果があると言われています。デジタルの効率性とは別の価値が、手書きには備わっています。

 

「事件が起きない」日常を輝かせる!岩井流エッセイの書き方

 

岩井さんのエッセイのタイトルにもなっている「事件が起きない」という言葉。多くの人が見過ごしてしまうような、何気ない日常の断片を、彼はどのようにして一級のエンターテインメントに昇華させているのでしょうか。その執筆術の核心に迫ります。

 

漫才のリズムを文章に落とし込む執筆術

 

岩井さんの文章を読んでいると、まるで彼の落語のような語り口が聞こえてくるような感覚に陥ります。これは、彼が「漫才のリズム」を意識して執筆しているからに他なりません。

 

一文の長さ、接続詞の使い方、そしてオチへ向かうまでの溜めの作り方。これらすべてが、ハライチの漫才で培われた構成技術に基づいています。読者が心地よく読み進められるリズムを作り出すことで、日常の話であっても高い没入感を提供しているのです。

 

また、彼は「さも自分が作家であるかのように気取って書かない」ことをルールとしています。芸人として舞台に立つ時と同じフラットな目線で、あくまで「喋るように書く」ことが、読者に親近感と笑いを与える秘訣となっています。

 

「違和感」を逃さない鋭い観察眼と記憶

 

岩井さんのエッセイのネタは、劇的な出来事ではありません。「組み立て式の棚が完成しない」「水筒にあんかけラーメンのスープを入れる」といった、他人から見ればどうでもいいような些細な出来事が中心です。

 

しかし、彼はその中にある「微かな違和感」を絶対に見逃しません。日常の中に潜む不条理や、自分自身の歪んだこだわりを徹底的に解剖し、それを言葉に変換します。この解像度の高さこそが、岩井勇気という表現者の真骨頂です。

 

驚くべきことに、彼は日常的に細かくメモを取ることはあまりせず、その時に感じた「感情の揺れ」をノートに向き合った時に思い出しながら書くそうです。強く記憶に残った「違和感」こそが、良質なネタになると確信しているからです。

 

構成を考えず一気に書き上げるライブ感

 

多くの作家は、執筆前にプロット(構成案)を詳細に練ります。しかし、岩井さんのスタイルは異なります。ノートを開き、最初の一行を書き始めたら、あとの展開はその時の勢いに任せるという「ライブ感重視」の執筆法です。

 

「こう書こう」と決めすぎると文章が窮屈になり、面白さが半減してしまうと考えているようです。ペンを走らせる中で偶然生まれた言葉や、急に思い出したエピソードを織り交ぜることで、予測不能な面白さが生まれます。

 

この「一気に書く」というスタイルは、修正を最小限に抑えることにも繋がっています。最初に溢れ出した言葉こそが最も純粋で面白い、という芸人としての直感が、彼の文章に独特の躍動感を与えているのです。

 

岩井流の「日常の楽しみ方」:
大きなイベントに期待するのではなく、目の前の小さな出来事にツッコミを入れ続けることで、人生は格段に面白くなります。彼のノートは、そのトレーニングの記録でもあります。

 

岩井勇気さんが執筆活動で見せる「芸人」としての矜持

 

作家として高い評価を得てもなお、岩井さんは自身のことを「物書き」ではなく、あくまで「芸人」であると強調します。その姿勢は、彼の執筆活動のあらゆる場面に現れており、既存の文壇へのアンチテーゼのようにも感じられます。

 

読書家ではないからこそ書ける「等身大の言葉」

 

意外なことに、岩井さんは「自分は全く本を読まない」と公言しています。漫画やライトノベルは嗜みますが、いわゆる純文学や名作とされる小説にはほとんど触れてきませんでした。この「読書家ではない」という点が、実は彼の文章の強みになっています。

 

既存の文学的な技法や、作家特有の「格好つけた表現」を知らないため、岩井さんは自分の言葉だけで勝負するしかありません。結果として、専門用語や難解な比喩を排した、誰にでも伝わる究極に等身大の言葉が紡ぎ出されます。

 

本を読み慣れていない人でもスッと頭に入ってくる読みやすさは、彼のこの背景から生まれています。「読書家が書く文章」ではなく「面白い人が書く文章」であることに、彼は強いこだわりを持っているのです。

 

「タレント本」への皮肉と独自の執筆スタンス

 

岩井さんは、自身の著書の中で、いわゆる「有名人が出した中身の薄い本」に対して痛烈な皮肉を述べています。単なる人気取りや宣伝のための出版ではなく、文章そのものの面白さで評価されなければ意味がないと考えているからです。

 

彼は「自分が面白いから売れたのではなく、たまたま運が良かっただけ」と謙遜しながらも、内容に関しては一切妥協しません。一冊の本として、読者がお金を払う価値があるものを届けるという責任感を、彼は「芸人のプライド」として持っています。

 

作家ぶることを嫌い、サイン会などでもファンに対して媚びない姿勢を貫く岩井さん。その一貫したスタイルが、ファンだけでなく、文芸界からもリスペクトを集める理由の一つとなっています。

 

「芸人が本を出す」ことへの世間の冷ややかな視線を逆手に取り、圧倒的な文章力でねじ伏せる。この「腐り芸人」とも称される岩井さんのカウンター精神が、執筆活動の原動力になっています。

 

締め切りに追われて生まれる集中力と執筆場所

 

岩井さんの執筆ルーティンは、決して優雅なものではありません。多くのエピソードが「締め切り直前に、半ばパニックになりながら書いている」と語られています。しかし、この極限状態こそが、彼の集中力を最大限に引き出します。

 

執筆場所は、おしゃれなカフェなどではなく、もっぱら「自宅の自室」や「テレビ局の楽屋」です。特に楽屋での執筆は、仕事の合間の限られた時間で行われるため、無駄な迷いが消え、キレのある文章が生まれやすいそうです。

 

周囲に人がいたり、次の仕事の時間が迫っていたりする雑多な環境の中で、キャンパスノートに向き合う。そんなストイックな環境こそが、岩井勇気という個性を研ぎ澄ませる土壌となっているのかもしれません。

 

岩井さんの執筆データまとめ:
・執筆場所:自宅、楽屋、移動中
・執筆時間:深夜、または仕事の合間
・スタイル:締め切り直前に一気に書き上げる「追い込み型」
・精神状態:早く終わらせて自由になりたいという渇望

 

ベストセラー連発!著書から紐解く岩井ワールドの魅力

 

岩井さんの執筆活動を象徴するのが、新潮社から刊行された二冊のエッセイ集です。これらは芸人本という枠を超え、現代文学の一つの形として多くの読者に支持されました。それぞれの作品に込められた魅力を見ていきましょう。

 

『僕の人生には事件が起きない』が支持された理由

 

デビュー作となったこの本は、当初の予想を大きく上回る大ヒットを記録しました。その最大の魅力は、タイトルの通り「何でもない日常」をこれほどまでに面白く描けるのか、という驚きにあります。

 

私たちは日々、何かドラマチックなことが起きないかと期待したり、代わり映えのしない毎日に退屈したりしがちです。しかし、岩井さんは「事件が起きない人生こそが、本当は一番豊かで面白い」というメッセージを、笑いと共に提示しました。

 

独自の視点で切り取られた日常のエピソードは、多くの読者に「自分の人生もそんなに悪くないかも」という微かな救いを与えました。単なる笑いだけでなく、読後の爽快感や共感が、爆発的なヒットの要因となったのです。

 

2作目『どうやら僕の日常生活はまちがっている』での進化

 

一作目の成功を受けて出版された二作目では、岩井さんの観察眼はさらに鋭さを増しています。前作以上にパーソナルな部分や、自身の価値観と社会とのズレについて深く言及されています。

 

ここでは、彼が抱く「世の中への違和感」がより具体的に、そして容赦なく綴られています。しかし、それが決して不快な悪口に聞こえないのは、彼が常に「自分自身もまた、そのおかしな世界の一部である」という客観視を忘れていないからです。

 

文章の精度も格段に上がっており、一作目で確立したスタイルをさらに洗練させた名作となっています。読者は、岩井さんの脳内を旅するような感覚で、日常の裏側にある「おかしみ」を堪能することができます。

 

小説執筆で見せた新しい表現の可能性

 

二作目には、岩井さんにとって初となる短編小説も収録されています。エッセイで培った「日常をズラす視点」をフィクションの世界に持ち込むことで、彼はまた新しい扉を開きました。

 

エッセイが「岩井勇気という個人の視点」に基づいているのに対し、小説ではより普遍的なテーマや、ファンタジー的な要素も取り入れられています。しかし、そこにあるのは間違いなく岩井さん特有の「狂気」と「ユーモア」です。

 

この挑戦は、彼が単なる芸人の枠を超え、物語の作り手としても非凡な才能を持っていることを証明しました。今後、彼が長編小説や映画の脚本などを手掛ける日が来るのではないか、と多くのファンが期待を寄せています。

 

書籍名 特徴・見どころ
僕の人生には事件が起きない 「何でもない日常」を面白く描く。デビュー作にしてベストセラー。
どうやら僕の日常生活はまちがっている 鋭い観察眼と社会への違和感。初の短編小説も収録された野心作。

 

執筆活動がハライチの「ネタ」やコンビ関係に与えた影響

 

岩井さんの執筆活動は、本業であるハライチとしての活動にもポジティブな影響を与えています。文章を書くことを通じて、彼の思考はより深まり、それが漫才やフリートークの質をさらに高める結果となりました。

 

澤部さんとのコンビバランスと岩井さんの自己確立

 

かつてハライチは、澤部佑さんの圧倒的なバラエティ適応能力にスポットが当たりがちでした。しかし、岩井さんがエッセイを通じて自身の哲学や狂気を世に知らしめたことで、「ハライチは二人とも化け物である」という認識が定着しました。

 

岩井さんが執筆によって「自分の世界」を確立したことは、コンビとしてのバランスをより強固なものにしました。澤部さんが表の世界でコンビを牽引し、岩井さんが裏の世界で独自の深みを作る。この役割分担が、現在のハライチの唯一無二の魅力に繋がっています。

 

澤部さんも、岩井さんの書く文章の面白さを認めており、お互いの才能をリスペクトし合う関係性が、執筆活動を通じてより強まったと言えるでしょう。

 

ラジオ「ハライチのターン!」との幸福な循環

 

TBSラジオの冠番組『ハライチのターン!』でのフリートークは、岩井さんのエッセイの源泉でもあります。ラジオで喋ったエピソードをノートに書き起こし、文章として構成し直すことで、ネタがより洗練されていきます。

 

逆に、執筆のために日常を観察する習慣が、ラジオでのトークの解像度を上げ、より密度の高い笑いを生み出すという好循環が生まれています。リスナーにとっては、ラジオで聞いたあの話が、本ではどのように描写されているのかを楽しむという贅沢な体験が可能です。

 

この「喋り」と「書き」の往復運動こそが、岩井勇気というクリエイターの心臓部であり、常に新鮮な笑いを提供し続けられる理由なのです。

 

芸人・岩井勇気が描き続ける未来の展望

 

現在、岩井さんはエッセイだけでなく、漫画の原作や乙女ゲームのプロデュースなど、多岐にわたる表現活動を行っています。その根底にあるのは、常に「自分が面白いと思うものを形にしたい」という純粋な欲求です。

 

執筆活動においても、彼は決して現状に満足することはありません。ノートに綴られる言葉は、日々進化し、より鋭く、より深くなっています。彼が次にどのような視点で世界を切り取り、私たちを笑わせてくれるのか、その可能性は無限に広がっています。

 

岩井さんにとってノートは、世界と戦うための武器であり、自分自身を確認するための鏡でもあります。これからも彼は、キャンパスノートとシグノを手に、誰も見たことのない景色を私たちに見せてくれることでしょう。

 

岩井さんの活動は、後輩芸人たちにも大きな影響を与えています。「芸人ならネタと喋りだけでなく、文章でも勝負できる」という新しいロールモデルを、彼はその背中で示し続けています。

 

まとめ:ハライチ岩井さんがノートに綴る「日常」の面白さ

 

ハライチ岩井勇気さんの執筆活動は、こだわりのキャンパスノートとシグノという、シンプルな道具から始まっています。デジタル全盛の時代にあえて手書きにこだわり、自身の身体感覚とリズムを大切にすることで、唯一無二の文章が生まれています。

 

「事件が起きない」日常を面白がる視点は、私たちが忘れかけていた「生活の豊かさ」を再発見させてくれます。彼の鋭すぎる観察眼と、漫才仕込みの卓越した構成力は、何気ない出来事を極上のエンターテインメントへと変貌させます。

 

作家であることを否定し、あくまで芸人として、面白さだけを追求して書き続ける。そんな岩井さんの潔いスタンスこそが、多くの人を惹きつけてやまない魅力の源泉です。これからも岩井さんがノートにどんな「違和感」を刻んでいくのか、目が離せません。