M-1グランプリ2023での準優勝をきっかけに、一躍スターダムへと駆け上がったお笑いコンビ・ヤーレンズ。彼らの芸風やキャラクターに注目が集まる中、ファンの間で密かに話題となっているのが「旧コンビ名」にまつわるエピソードです。
実はヤーレンズの旧コンビ名と、ピン芸人として活躍するパーマ大佐には驚きの共通点が存在します。なぜ名前を変えることになったのか、そしてパーマ大佐とはどのような繋がりがあるのか、気になる方も多いのではないでしょうか。
この記事では、ヤーレンズの旧コンビ名「サナクジラ」の由来から、パーマ大佐との不思議な縁、さらには現在の事務所に移籍するまでの道のりについて、芸人ディープ図鑑ならではの視点で詳しく解説していきます。
ヤーレンズが現在のような洗練された漫才スタイルを確立する前、彼らは「サナクジラ」という名前で活動していました。この名前を語る上で欠かせないのが、音楽ネタで人気のパーマ大佐の存在です。
ヤーレンズの楢原真樹さんと出井隼之介さんがコンビを結成したのは、吉本興業の養成所であるNSC大阪校でのことでした。当時は「サナクジラ」というコンビ名で、大阪の劇場を中心に活動していました。
この名前の由来は、実は深い意味があるわけではなく、響きの良さや独特なニュアンスを重視して付けられたと言われています。当時の彼らは、現在の脱力系漫才とは少し異なる、若手らしい勢いのあるネタを披露していました。
しかし、大阪での活動に区切りをつけ、東京進出を決意したタイミングで大きな転機が訪れます。それが、コンビ名の改名と、もう一つの「サナクジラ」の存在でした。
一方で、現在ピン芸人として「森のくまさん」の替え歌ネタなどで知られるパーマ大佐も、かつてはコンビとして活動していました。驚くべきことに、その時のコンビ名が漢字表記の「砂鯨(さなくじら)」だったのです。
【名称の重なり】
・ヤーレンズの旧名:サナクジラ(カタカナ)
・パーマ大佐の旧名:砂鯨(漢字)
読み方が全く同じ二組が、同時期ではないものの、お笑い界に存在していたことになります。パーマ大佐は太田プロダクションに所属し、相方の菅谷さんと活動していましたが、後に解散してピン芸人の道を歩むことになりました。
この名前の重複は、お笑いファンの間でも「珍しい偶然」として語り草になっています。特にヤーレンズが東京進出を機に事務所を移籍した際、この名前の被りが改名のきっかけの一つになったとも言われています。
お笑い芸人がコンビ名を決める際、既存のグループと被らないように調査をするのが一般的ですが、活動拠点が大阪と東京で分かれていた場合、稀にこのような事態が起こります。
ヤーレンズ(当時はサナクジラ)は大阪吉本、パーマ大佐(当時は砂鯨)は東京の太田プロという異なる環境にいたため、初期段階ではお互いの存在を認識していなかった可能性が高いでしょう。
しかし、インターネットの普及により、エゴサーチや情報収集が容易になったことで、名前の重複が発覚しました。ヤーレンズが東京に移籍する際、よりインパクトがあり、他と被らない名前として「ヤーレンズ」が選ばれたのです。
ヤーレンズがいかにして「サナクジラ」から脱皮し、M-1ファイナリストにまで登り詰めたのか。その過程には、単なる名前の変更以上のドラマがありました。
ヤーレンズの二人は、学年こそ違いますが、大阪NSCという同じ門を叩きました。楢原さんが28期生、出井さんが29期生という先輩後輩の間柄ですが、現在は対等なパートナーとして抜群のコンビネーションを誇っています。
当初はそれぞれ別のコンビを組んでいましたが、解散を経て2011年に「サナクジラ」を結成しました。出井さんの冷静なツッコミと、楢原さんの予測不能なボケの原型はこの頃から形作られていたようです。
大阪時代の彼らは、実力は認められつつも、なかなか大きなチャンスを掴めずにいました。そこで、環境を大きく変えるために、事務所を辞めてフリーで上京するという大きな賭けに出ます。
2014年に上京した際、彼らは心機一転してコンビ名を「ヤーレンズ」に改めました。この名前は、サザンオールスターズの楽曲「YARLEN SHUFFLE 〜子羊達へのレクイエム〜」から取られたものです。
改名の主な理由としては、以下の点が挙げられます。
1. 東京進出にあたり、イメージを一新したかったこと
2. 他の芸人(砂鯨)との名前の混同を避けるため
3. 音楽好きの彼ららしいオリジナリティを出すため
カタカナで「ヤーレンズ」という響きは、どこかレトロでスタイリッシュな印象を与えます。この改名が功を奏したのか、東京のライブシーンで徐々に頭角を現し始めました。
フリーでの活動を経て、彼らは現在所属している「ケイダッシュステージ」に籍を置くことになります。この事務所には、オードリーやトム・ブラウンなど、独自のスタイルを持つ芸人が多く在籍しています。
ヤーレンズもそのカラーに馴染み、ライブ「真冬のヤーレンズ」などの主催イベントを成功させるなど、コアなお笑いファンからの支持を確実に広げていきました。事務所の先輩後輩との交流も、彼らの芸の幅を広げる一助となりました。
「サナクジラ」という名前を捨てて「ヤーレンズ」になったことは、彼らにとって自分たちのスタイルを再定義する重要なターニングポイントだったと言えるでしょう。
ヤーレンズの旧名と同じ読みのコンビを組んでいたパーマ大佐もまた、波乱万丈な芸人人生を歩んでいます。彼の特異なキャリアについて深掘りしていきましょう。
パーマ大佐の最大の特徴は、音楽一家に生まれ、自身も絶対音感を持っているという点です。幼少期からピアノを習い、音楽に対する深い造詣があったことが、現在の芸風の基盤となっています。
コンビ「砂鯨」を解散した後は、その音楽的才能を活かしたピン芸人に転身しました。ウクレレやピアノを駆使し、日常の出来事を歌に乗せるネタや、既存の楽曲に鋭いツッコミを入れるネタで注目を集めました。
彼のネタは、単なる歌ネタに留まらず、音楽的なクオリティが非常に高いことが特徴です。そのため、お笑いファンだけでなく、音楽好きからも高く評価されています。
パーマ大佐の名前が全国的に知れ渡る大きなきっかけとなったのが、童謡「森のくまさん」に独自の歌詞を付け加えた替え歌を巡る騒動でした。著作権に関する議論を巻き起こしましたが、結果的に円満解決に至りました。
この一件は、彼にとって試練でもありましたが、結果としてパフォーマーとしての知名度を飛躍的に高めることになりました。騒動後も、J-POPの構造を分析したネタや、ピアノの速弾きを活かしたリズムネタなど、常に新しい試みを続けています。
コンビ時代の「砂鯨」とは全く異なる、ソロアーティストのような立ち位置を確立したパーマ大佐は、バラエティ番組だけでなく、歌番組やラジオなどでも幅広く活動しています。
現在、パーマ大佐はヤーレンズと同じ「ケイダッシュステージ」に所属しています。つまり、かつて名前が被っていた二組は、今や同じ事務所の仲間という不思議な縁で結ばれているのです。
コンビ名の重複という過去の偶然を、現在の彼らは笑い話として共有しています。事務所のライブやイベントで共演することもあり、お互いの実力を認め合う良好な関係を築いています。
実はパーマ大佐は、ヤーレンズがM-1グランプリで活躍する姿を見て、自身のSNSでも熱いエールを送っていました。名前の縁を超えた、芸人同士の絆が垣間見えるエピソードです。
同じ事務所に所属するヤーレンズとパーマ大佐。彼らの間には、ファンなら知っておきたい微笑ましい交流や、ライブでのエピソードがいくつか存在します。
ヤーレンズは漫才、パーマ大佐は音楽ネタという異なるジャンルで活躍していますが、事務所内での信頼は共に非常に厚いものがあります。特にヤーレンズの出井さんは、後輩の面倒見が良いことでも知られています。
事務所の定期ライブでは、舞台袖でネタをチェックし合ったり、アドバイスを交換したりする姿が見られます。パーマ大佐が新しい音楽ネタを試す際、ヤーレンズの二人が客観的な意見を伝えることもあるようです。
こうした風通しの良い環境が、それぞれの個性を伸ばす要因となっています。元々は「名前の被り」という懸念点がありましたが、今となってはそれが二組を繋ぐ「面白いネタ」として昇華されています。
トークライブなどで「実は昔、名前が同じだったんですよね」というエピソードが語られると、会場は常に大きな笑いに包まれます。パーマ大佐が「僕が砂鯨を解散したから、ヤーレンズさんが名前を使わなくなったわけじゃないですよ」と冗談を飛ばすこともあります。
SNS上でも、お互いの出演情報をリポストしたり、誕生日を祝い合ったりするなど、仲の良さが伝わる発信が多く見られます。ファンにとっても、この二組の交流は楽しみの一つとなっています。
特にヤーレンズがM-1で脚光を浴びた際、パーマ大佐は自分のことのように喜びを爆発させていました。同じ事務所で切磋琢磨してきた仲間だからこそ分かち合える感動があったのでしょう。
コアなファンの中には、ヤーレンズをあえて「サナクジラ」と呼んだり、パーマ大佐を「砂鯨の片割れ」として語ったりする人もいます。これは決して揶揄しているのではなく、彼らの長い下積み時代を知るファンなりの愛着の表現です。
「サナクジラ」と「砂鯨」。この二つの名前が一つのお笑い事務所に集結したことは、お笑い界の歴史の中でも非常に珍しい出来事です。この奇妙な縁をきっかけに、両方のファンになるという人も少なくありません。
名前は変わっても、彼らの持つお笑いへの情熱や、観客を笑わせたいという根本的な姿勢は変わっていません。むしろ、名前を巡る紆余曲折が、彼らのキャラクターに深みを与えていると言えるでしょう。
旧コンビ名のエピソードも興味深いですが、何よりヤーレンズを語る上で外せないのは、その圧倒的な漫才のクオリティです。彼らがどのようにして現在のスタイルに至ったのかを紐解きます。
ヤーレンズの漫才の最大の特徴は、楢原さんの圧倒的なボケの数と、それを受け流すようでいて的確に拾う出井さんのツッコミです。楢原さんは一言喋るごとに小さなボケを積み重ね、観客を自分たちのペースに引き込みます。
出井さんのツッコミは、声を荒らげるタイプではなく、まるで隣で話を聞いているかのような心地よいトーンで行われます。この「緊張感を与えない漫才」こそが、ヤーレンズの真骨頂です。
かつての「サナクジラ」時代は、もっと伝統的な漫才の形に近いものでしたが、東京進出後に自分たちの「自然体」を追求した結果、現在のスタイルに辿り着きました。
ヤーレンズのネタの多くは、喫茶店や日常の何気ないシチュエーションを舞台にしています。特別な設定を作らなくても、会話のやり取りだけで爆笑をかっさらえるのは、彼らの卓越した言語センスがあるからです。
特に、昭和歌謡や古い映画、マニアックなカルチャーを織り交ぜた楢原さんのボケは、世代を問わず楽しめると同時に、知的な面白さを提供しています。これに出井さんが「誰がわかるんだよ」と優しくツッコむ姿は、もはや様式美と言えます。
【ヤーレンズの漫才の特徴】
・圧倒的な手数:4分間のネタの中に数十個のボケを詰め込む
・脱力感:リラックスした雰囲気で進む「ローテンション」の魅力
・ワードセンス:独特な語彙力による、中毒性の高いフレーズ
2023年のM-1グランプリで準優勝を果たして以降、ヤーレンズを取り巻く環境は激変しました。テレビ出演が急増し、劇場での出番も常に満席となる人気ぶりです。しかし、彼らのスタンスに大きな変化はありません。
常に「面白い漫才をすること」を最優先に考え、多忙なスケジュールの中でも新ネタを作り続けています。楢原さんの止まらないボケと、出井さんの包容力のあるツッコミは、より洗練されてきています。
「サナクジラ」から「ヤーレンズ」へ。名前を変え、場所を変え、挑戦を続けてきた彼らは、今や日本を代表する漫才師の一組となりました。これからも、パーマ大佐ら切磋琢磨する仲間と共に、お笑い界を盛り上げてくれることでしょう。
ここまで、ヤーレンズの旧コンビ名「サナクジラ」と、パーマ大佐にまつわる意外な接点について詳しく見てきました。最後に、この記事のポイントを簡潔に振り返ります。
ヤーレンズはかつて「サナクジラ」という名前で大阪を拠点に活動していました。一方で、同時期にパーマ大佐も「砂鯨(さなくじら)」というコンビを組んでいたという驚きの事実があります。この名前の重複は、地域や事務所が異なっていたために起こった珍しい偶然でした。
ヤーレンズが上京する際に名前を現在のものに改名したのは、心機一転を図るためだけでなく、こうした他グループとの混同を避ける意図もありました。現在では、ヤーレンズとパーマ大佐は同じ「ケイダッシュステージ」に所属する最高の仲間として、お互いを高め合っています。
名前という共通点から始まった不思議な縁ですが、今ではそれぞれの分野で確固たる地位を築いている彼ら。過去のコンビ名にまつわるエピソードを知ることで、彼らのネタや共演シーンがより一層深く楽しめるようになるはずです。今後のヤーレンズ、そしてパーマ大佐の更なる活躍から目が離せません。