友近の元相方は誰?コンビ「いよいよ」の真相と現在の意外な活動を詳しく解説

 

友近さんといえば、卓越した観察眼から生まれる「ひとりコント」や、演歌歌手「水谷千重子」としての活動で知られる、日本を代表するピン芸人の一人です。しかし、芸人としてのキャリアをスタートさせた当初、彼女には元相方がいたことをご存知でしょうか。

 

かつて結成していたコンビ名は「いよいよ」。地元・愛媛県への愛が詰まった名前でしたが、なぜ二人は別々の道を歩むことになったのでしょうか。検索してもなかなか出てこない、当時の活動内容や解散の理由が気になっている方も多いはずです。

 

この記事では、友近さんの元相方である中川真弓(なかがわ まゆみ)さんの正体や、二人の現在の関係、そして友近さんがピンで大成功を収めるまでの軌跡を、お笑いファンの視点で優しく丁寧に解説していきます。

 

友近と元相方が組んでいたコンビ「いよいよ」の結成から解散まで

 

友近さんが吉本興業の養成所であるNSC(吉本総合芸能学院)に入学したのは、27歳の時でした。社会人を経験してからお笑いの世界に飛び込んだ彼女が、最初で最後に組んだコンビが「いよいよ」です。ここでは、その結成の背景や活動期間について紐解いていきましょう。

 

NSC大阪校23期生として歩み出した芸人人生

 

友近さんは、2000年にNSC大阪校の23期生として入学しました。同期には、モンスターエンジンの西森洋一さんや、おいでやす小田さん、ウーマンラッシュアワーの中川パラダイスさんなどが名を連ねる、非常に層の厚い世代です。

 

すでに地元・愛媛県でローカルタレントとして活躍していた友近さんですが、「もっと広い世界でお笑いを追求したい」という強い思いから、安定したキャリアを捨てて大阪へと渡りました。その際、一緒に入学したのが後に相方となる女性でした。

 

養成所時代から、友近さんの圧倒的な表現力とネタの完成度は周囲を驚かせていました。しかし、当時はまだ「女性芸人はコンビを組んで漫才をするもの」という風潮が強く、彼女もまずはコンビとしての活動を模索することになります。

 

コンビ名「いよいよ」に込められた地元愛

 

友近さんと相方の中川真弓さんが結成したコンビ名は「いよいよ」といいます。この名前の由来は、二人の出身地である愛媛県の中予地方(松山市周辺)を指す「伊予(いよ)」という言葉にかかっています。

 

「これからいよいよ始まるぞ!」という意気込みと、地元・愛媛のアイデンティティを掛け合わせた、非常に彼女たちらしいネーミングでした。当時から地元を大切にする姿勢は、現在の「伊予観光大使」としての活動にも繋がっているのかもしれません。

 

コンビとしての芸風は、現在の友近さんのスタイルにも通じる、日常の些細な違和感を突くようなコントが中心だったと言われています。養成所内でも期待の星として注目される存在でしたが、その活動期間は意外にも短いものでした。

 

わずか1年足らずで訪れた解散の時

 

コンビ「いよいよ」の活動期間は、1年にも満たない短いものでした。NSC卒業を待たずして、あるいは卒業直後のタイミングで、二人は別々の道を歩むことを決断します。お笑いファンからは「幻のコンビ」とも呼ばれる所以です。

 

解散の大きな要因は、友近さんの才能が突出していたことにあると言われています。ネタ作りの主導権を握っていた友近さんの世界観を、コンビという枠組みの中で表現することに限界を感じ始めていたのです。

 

周囲からも「友近は一人でやった方が面白い」という声が上がり始め、本人たちもその空気を感じ取っていました。喧嘩別れではなく、お互いの将来を見据えた前向きなステップとしての解散だったと言えるでしょう。

 

【コンビ「いよいよ」基本データ】
・結成:2000年(NSC大阪23期)
・メンバー:友近、中川真弓
・由来:愛媛の「伊予」と「いよいよ始まる」の掛け合わせ
・活動拠点:主に大阪(NSC内)

 

元相方の「中川真弓」さんはどんな人物?現在の活動も紹介

 

友近さんの元相方である中川真弓さんは、現在どのように過ごされているのでしょうか。実は、彼女もまたお笑いの世界で長く活動を続け、現在もメディアに関わり続けている非常に多才な女性なのです。

 

相方・中川真弓さんのプロフィールとキャラクター

 

中川真弓さんは、友近さんと同じ愛媛県出身です。友近さんが「天才肌」であるのに対し、中川さんは非常に親しみやすく、周囲を和ませるキャラクターの持ち主でした。二人はNSC入学前、地元・愛媛でのタレント活動を通じて知り合った親友でもあります。

 

友近さんが大阪行きを決めた際、中川さんもその熱意に打たれて共に大阪へ向かいました。お笑い未経験ながら、友近さんの隣で懸命に食らいつく姿は、同期の間でも印象的に語られています。彼女の明るさが、ストイックな友近さんを支えていた面もあったのでしょう。

 

現在でも、中川さんの温かみのある語り口やリアクションの良さは健在です。友近さんの鋭いボケを優しく受け止める、いわば「お姉さん」のような立ち位置でコンビのバランスを保っていました。

 

コンビ解散後に結成した「Bギャルズ」での活動

 

「いよいよ」を解散した後、中川真弓さんは芸人引退を選ばず、新たなコンビを結成します。それが、もう一人の女性芸人と組んだ「Bギャルズ(ビーギャルズ)」です。彼女は「ますみ」という芸名で活動していました。

 

Bギャルズは、関西の演芸場やテレビ番組で活動し、徐々に知名度を上げていきました。当時の女性コンビとしては珍しく、体を張った芸や軽快なトークを武器にしており、友近さんとはまた違った路線で着実にキャリアを積んでいったのです。

 

友近さんがR-1ぐらんぷりなどで全国区の人気を獲得していく一方で、中川さんもまた、大阪の地で「一人の芸人」として自立した道を歩んでいました。元相方の活躍を刺激にしながらも、自分の居場所を見つけた時期だったと言えます。

 

現在は地元・愛媛で「ローカルタレント」として活躍中

 

中川真弓さんは現在、芸人の拠点を大阪から地元・愛媛県へと移し、本名の「中川真弓」または「ますみ」として活動しています。地元放送局の番組でリポーターを務めたり、イベントの司会をこなしたりと、愛媛では非常に有名なタレントさんです。

 

特にテレビ愛媛などの番組で見せる、視聴者に寄り添った温かいリポートは定評があります。友近さんとはまた別の形で、地元・愛媛の魅力を発信し続けている「成功者」の一人と言えるでしょう。

 

芸人を引退したわけではなく、タレント・女優としての活動を広げており、そのバイタリティは衰えていません。地元密着型の活動を大切にする姿勢は、かつての相方である友近さんとも共通する部分があります。

 

中川真弓さんは、現在もSNSや地元のテレビ番組を通じて元気に活動されています。愛媛県内のグルメ情報や観光スポットを紹介するリポーターとして、お茶の間の人気者です。

 

なぜ解散した?友近がピン芸人の道を選んだ本当の理由

 

コンビ「いよいよ」が解散に至った経緯には、友近さん自身の芸人としての「覚醒」が深く関わっています。仲が良かった二人だからこそ、ある段階で訪れた限界を認めざるを得なかったようです。

 

方向性の違いと「ピンの方が向いている」という確信

 

友近さんのネタは、その場にいない架空の人物と会話をしたり、特定のシチュエーションを細かく描写したりする「憑依型」のコントが真骨頂です。このスタイルを追求していくと、隣にいる相方の役割がどうしても限定的になってしまいます。

 

コンビを組んでいた当初、友近さんは「相方がいることで自分の世界が狭まってしまうのではないか」という葛藤を抱えていたそうです。一方で、中川さんも「自分が友近の足を引っ張っているのではないか」という不安を感じていました。

 

お互いのプロ意識が高まるにつれ、二人が同じ舞台に立つ理由が希薄になっていったのです。「一人でやった方が、友近の面白さが100%伝わる」という確信が、解散の最大の引き金となりました。

 

解散からソロデビューまでの葛藤と決断

 

コンビを解消した直後は、友近さんも不安がなかったわけではありません。当時の吉本興業では、ピンの女性芸人が成功するのは至難の業だと言われていました。しかし、彼女は自らの観察力だけを武器に勝負することを決意します。

 

彼女が選んだのは、これまでの女性芸人がやってきた「自虐ネタ」や「デブ・ブスいじり」とは一線を画すスタイルでした。どこにでもいそうな、でも絶妙に鼻につく女性を演じるネタは、すぐに感度の高いお笑いファンの心を掴みました。

 

中川真弓さんという気心の知れた相方がいたからこそ、客観的に自分の強みを理解できたのかもしれません。一人になった彼女は、まるでブレーキが外れたかのように独自の芸道を突き進むことになります。

 

「キャサリン」誕生の裏側にあったもの

 

ピン芸人になってからの友近さんを象徴するキャラクターといえば、アメリカのホームドラマを彷彿とさせる「キャサリン」です。大げさなリアクションと吹き替え風の喋りは、瞬く間に彼女の代名詞となりました。

 

このキャサリンというキャラも、実はコンビ時代には生まれにくかったネタだと言われています。相方がツッコミを入れてしまうと、あのシュールな世界観が崩れてしまうからです。孤独に自分を追い込むことで、あの狂気じみた面白さが完成したのです。

 

解散は友近さんにとって、自身のクリエイティビティを完全に解放するための儀式のようなものでした。誰にも気を遣わず、自分のやりたいお笑いを100%形にする環境が、彼女をトップスターへと押し上げました。

 

友近さんは解散の理由について、後にインタビューなどで「誰かと合わせるよりも、自分の頭にあるイメージをそのまま形にしたいという欲求が強かった」といった趣旨の発言をしています。

 

元相方・中川真弓さんとの現在の関係と共演エピソード

 

コンビを解消し、それぞれの道を進んだ二人ですが、その友情が途絶えたわけではありません。現在も二人の間には、元相方であり親友でもある不思議な絆が続いています。

 

解散後も続いている?二人のプライベートな交流

 

友近さんと中川真弓さんは、現在も非常に仲が良いことで知られています。解散したからといって縁が切れることはなく、プライベートでは定期的に会って近況を報告し合う仲です。お互いに愛媛県出身という共通点もあり、地元の話題で盛り上がることも多いそうです。

 

友近さんが愛媛に帰省した際には、中川さんと食事に行ったり、共通の友人と集まったりするのが恒例となっています。仕事の悩みから他愛のない世間話まで、何でも話せる「唯一無二の存在」であることは変わりません。

 

かつて同じ夢を追いかけ、大阪の地で苦労を分かち合った経験があるからこそ、今の二人の距離感があるのでしょう。成功した友近さんを中川さんが心から祝福し、中川さんの地元での活躍を友近さんが応援するという、理想的な関係です。

 

バラエティ番組での再会シーンと語られた本音

 

これまでに何度か、テレビ番組で二人が共演する機会がありました。特に印象的だったのは、地元・愛媛の番組や、友近さんのルーツを辿るドキュメンタリー番組でのワンシーンです。画面越しに伝わる二人のリラックスした雰囲気は、多くの視聴者を和ませました。

 

番組内では、当時の解散秘話が笑いを交えて語られることもあります。「あの時は本当に申し訳なかった」「いや、あんたが一人でやってくれて良かった」といったやり取りからは、長年のわだかまりが一切ないことが伺えます。

 

また、中川さんがレポーターとして出演する番組に、友近さんがゲストとして登場する逆転現象のような共演も見られます。お互いにプロとして今の仕事を尊重し合っている姿は、お笑いファンにとっても非常に感慨深いものがあります。

 

お互いをリスペクトし合う現在の距離感

 

現在の二人の関係を一言で表すなら、「戦友」という言葉がぴったりです。友近さんは中川さんのことを「自分のことを一番よく知ってくれている理解者」として頼りにしています。一方で中川さんも、友近さんの活躍を自慢の種にしながら、自分自身の活動の励みにしています。

 

友近さんが座長を務める公演や、水谷千重子としてのステージに中川さんが足を運ぶこともあるそうです。プロの芸人として別々のステージに立ってはいますが、精神的な支えとしての役割は今も昔も変わっていません。

 

コンビを続けていれば今の成功はなかったかもしれない、という共通認識があるからこそ、今の清々しい関係が保たれているのでしょう。お互いの人生が交差した「いよいよ」という時代は、二人にとってかけがえのない財産となっています。

 

項目 詳細
現在の連絡頻度 定期的。帰省時には必ず会う仲
共演経験 地元番組を中心に多数あり
お互いの呼び方 昔からのニックネームや本名

 

友近の「最高の相方」たち!ユニットでの名コンビを紹介

 

ピン芸人として活動する友近さんですが、テレビ番組や舞台では「ユニット」として特定の芸人とコンビを組むことがよくあります。彼女の高い演技力に引き出され、元相方以上に息の合った姿を見せるパートナーたちを紹介します。

 

ロバート・秋山竜次との熟年夫婦のような空気感

 

友近さんのユニット相手として最も有名なのが、ロバートの秋山竜次さんです。二人は「西尾一男(友近)」と「重鎮キャラ(秋山)」といった具合に、お互いの強烈なキャラクターをぶつけ合うコントで絶大な人気を誇っています。

 

二人の掛け合いは、まるで何十年も連れ添った夫婦や、長年一緒に働いている同僚のようなリアリティがあります。アドリブの応酬でありながら、一寸の狂いもないテンポで進むネタは、もはや職人芸の域に達していると言えるでしょう。

 

秋山さんもまた「憑依型」の芸人であるため、友近さんとは「言わなくても分かる」レベルで通じ合っているようです。ファンからは「いっそコンビを組めばいいのに」と言われるほどの相性の良さを見せています。

 

バッファロー吾郎Aと作り上げるシュールな世界観

 

友近さんがデビュー当時から大きな影響を受け、現在も深い信頼を寄せているのがバッファロー吾郎Aさんです。お笑い界の鬼才として知られる彼と友近さんのユニットは、非常に実験的でシュールな笑いを提供してくれます。

 

二人のコントは、観客を置いてけぼりにしかねないほどマニアックな設定が多いのが特徴です。しかし、その細かすぎる描写と徹底したキャラ作りによって、最後には観客を爆笑の渦に巻き込んでしまいます。

 

友近さんにとって、バッファロー吾郎Aさんは「笑いの価値観が最も近い先輩」であり、ピン芸人としての活動を支える精神的な支柱でもあります。二人が並んでいるだけで、何かが起こりそうな期待感を抱かせてくれます。

 

水谷千重子ファミリーとして支え合う仲間たち

 

友近さんの別名義である演歌歌手「水谷千重子」としての活動でも、多くの「相方」たちが活躍しています。特にバナナマンの日村勇紀さん(扮する河村カオル)や、ハリセンボンの近藤春菜さんらとのやり取りは欠かせません。

 

彼らは「千重子ファミリー」と呼ばれ、水谷千重子の壮大な世界観を全力でサポートしています。それぞれのキャラクターがしっかり立っており、友近さん一人では表現できない多角的な笑いを生み出すことに成功しています。

 

特定の相方を固定しないからこそ、このように多種多様な才能と組んで新しい化学反応を楽しめるのが、現在の友近さんの最大の強みと言えるでしょう。彼女にとって、今や芸能界全体が「相方」の宝庫なのかもしれません。

 

【友近を支える主なユニットパートナー】
・秋山竜次(ロバート):憑依型芸人同士の最強タッグ
・バッファロー吾郎A:シュールでストイックな笑いの追求者
・河村カオル(日村勇紀):水谷千重子の盟友として長年共演
・ハリセンボン近藤春菜:バラエティ番組での抜群の安定感

 

友近の元相方に関する情報のまとめ

 

友近さんの元相方である中川真弓さんについて、これまでの歩みや現在の活動をご紹介してきました。ピン芸人としての印象が強い友近さんですが、その原点には愛媛から共に夢を追った相方の存在があったのです。

 

最後に、本記事の重要ポイントをまとめます。

 

・友近さんの元相方は、NSC大阪23期の同期である中川真弓(なかがわ まゆみ)さん
・二人のコンビ名は地元・愛媛にちなんだ「いよいよ」で、活動期間は約1年だった
・解散理由は、友近さんの類まれな才能を活かすためにピン芸人の道を選んだこと
・中川真弓さんはその後「Bギャルズ」を経て、現在は愛媛でローカルタレントとして大活躍している
・二人の仲は現在も非常に良好で、プライベートでの交流やメディアでの共演も続いている
・現在は秋山竜次さんやバッファロー吾郎Aさんなど、多くの実力派芸人とユニットを組んで活動している

 

友近さんがピン芸人として大成したのは、自らの才能を信じて一歩踏み出した決断と、それを温かく見守り続けた元相方・中川さんの存在があったからこそと言えるでしょう。形は変わっても、二人の「いよいよ」の精神は今もそれぞれの場所で輝き続けています。