ロバート馬場がコンビを組んだきっかけは?幼馴染みからトリオ結成への軌跡

 

お笑いトリオ「ロバート」のメンバーとして、また料理好きの芸人としても絶大な人気を誇る馬場裕之さん。独特のゆるい雰囲気と、秋山竜次さんの強烈なキャラクターを支えるポジションが印象的ですが、そもそもロバート馬場さんがコンビを組んだきっかけは何だったのでしょうか。

 

実は、ロバートの結成には幼馴染みならではの深い絆と、NSC(吉本興業の芸人養成所)時代に起きた意外な合流劇が隠されています。もともとは秋山さんと馬場さんの二人で活動する予定だったところから、どのようにして現在のトリオ体制になったのか、その舞台裏を詳しく紐解いていきましょう。

 

この記事では、芸人ファンなら知っておきたいロバート誕生の歴史や、馬場さんが芸人の道を選んだ理由について、「芸人ディープ図鑑」ならではの視点でやさしく解説します。当時のエピソードを知ることで、彼らのコントがより一層面白く感じられるはずです。

 

ロバート馬場がコンビを組んだきっかけと結成までの道のり

 

ロバートの歴史を語る上で欠かせないのが、メンバーの馬場裕之さんと秋山竜次さんが「幼稚園からの幼馴染み」であるという点です。二人がいかにしてお笑いの世界に足を踏み入れ、トリオとしての形を作っていったのか、その最初の一歩について見ていきましょう。

 

秋山竜次からの熱烈な誘い

 

馬場さんが芸人を目指すことになった直接のきっかけは、幼馴染みである秋山竜次さんからの誘いでした。福岡県北九州市で共に育った二人は、幼少期から非常に仲が良く、常に一緒に遊ぶ間柄だったといいます。高校卒業後の進路を考える時期になっても、その関係性は変わりませんでした。

 

秋山さんはもともとお笑い芸人になりたいという強い意志を持っていましたが、一人で東京へ行くのは心細いと感じていたようです。そこで白羽の矢を立てたのが、気心が知れた親友の馬場さんでした。「一緒に東京に行って、芸人にならないか」という秋山さんからの誘いに対し、馬場さんは特に深いこだわりもなく「いいよ」と二つ返事で承諾したそうです。

 

この時の馬場さんの心境は、「芸人になりたい」という情熱よりも「親友と一緒にいたい」「東京へ行ってみたい」という軽い気持ちの方が強かったと後に語られています。この独特の「こだわりすぎない姿勢」が、後にロバートの自由な芸風を支える一つの要素になっていくのです。

 

「秋山・馬場」のコンビとして東京へ

 

秋山さんと馬場さんは、高校卒業後すぐに地元・福岡を離れて上京しました。当初の予定では、この二人のコンビとして活動していくつもりだったのです。しかし、当時の馬場さんはお笑いに対して非常に無頓着で、ネタを考えたり練習したりすることにあまり積極的ではありませんでした。

 

東京での生活が始まっても、馬場さんはアルバイトに精を出し、お笑いよりも私生活を楽しんでいるような状態だったと言われています。対照的に秋山さんは、自分たちの笑いを追求するためにネタ作りに励んでいました。二人の温度差はありましたが、それでもコンビとしての関係が続いていたのは、やはり長年の幼馴染みという信頼関係があったからです。

 

当時の二人は、東京のNSC(吉本総合芸能学院)の4期生として入学しました。同期にはインパルスや森三中といった後の人気芸人たちが揃っており、非常にレベルの高い環境でした。そんな中で「秋山・馬場」のコンビは、まずは基礎を学ぶ日々を送っていました。

 

NSC時代に訪れた転機と山本博の存在

 

「秋山・馬場」のコンビとしてスタートした二人ですが、NSCの授業やライブ活動を通じて、自分たちのスタイルに限界を感じることもありました。特に秋山さんは、より厚みのある笑いを作るために、もう一人のメンバーが必要ではないかと考えるようになります。そんな時に出会ったのが、後にトリオのリーダー的存在となる山本博さんでした。

 

山本さんは当時、別の相方とコンビを組んでいましたが、そのコンビが解消されるタイミングでした。秋山さんは山本さんのツッコミの才能や、自分たちにはない「常識的な視点」に注目し、自分たちのグループに引き入れることを画策します。ここから、現在のロバートの原型が出来上がっていくことになります。

 

馬場さん自身は、山本さんの加入に対しても「秋山が良いならいいんじゃない?」という、相変わらずのスタンスで見守っていました。この「来るもの拒まず」の精神が、結果として最強のバランスを誇るトリオ・ロバートを生み出したと言えるでしょう。

 

秋山竜次と馬場裕之の深すぎる幼馴染みの絆

 

ロバートの笑いの根底には、秋山さんと馬場さんの間にある「言葉にしなくても通じ合う空気感」があります。彼らがどれほど長い時間を共有してきたのか、その絆の深さを象徴するエピソードを紹介します。

 

門司区で共に過ごした幼少時代

 

二人の出身地は福岡県北九州市門司区です。幼稚園の頃からの付き合いであり、小学校、中学校、高校とすべて同じ学校に通っていました。放課後は毎日のように一緒に遊び、お互いの家族とも親しい間柄だったといいます。この時期に培われた「共通言語」や「笑いのツボ」が、現在のコントの基盤になっています。

 

例えば、地元の変な大人たちの真似をしたり、クラスメイトを笑わせるための遊びを考えたりしていた日々が、秋山さんの描く強烈なキャラクター造形のヒントになっていることは間違いありません。馬場さんはその隣で、常に秋山さんのやることを見て笑っている一番の観客でもありました。

 

このように、単なるビジネスパートナーではなく、人生の大部分を共有してきた「家族に近い存在」であることが、ロバートのコントに独特の安心感とリアリティを与えています。馬場さんが秋山さんのどんな無茶振りにも自然体で応えられるのは、この長い歴史があるからです。

 

馬場裕之が持つ驚異的な「受容力」

 

秋山さんは天才的な感性を持つ一方で、非常に個性が強く、周囲を振り回すことも少なくありません。そんな秋山さんと長年一緒にいられるのは、馬場さんの驚異的な受容力があるからです。馬場さんは秋山さんの才能を誰よりも信じており、彼が何をしても否定することはありません。

 

芸人の世界では、相方に対して厳しい要求をしたり、笑いの方向性で衝突したりすることも珍しくありません。しかし、馬場さんは秋山さんのクリエイティブな活動を全面的に肯定し、自分はそこにただ存在するという立ち位置を貫いています。「秋山のやりたいことが一番面白い」という純粋な信頼が、二人の関係を壊すことなく持続させてきました。

 

馬場さんは過去のインタビューで、「自分がネタを書かないことに罪悪感はないのか?」と問われた際、「秋山が書くネタが面白いから、それに乗っかるのが一番いい」と堂々と答えています。この潔さが、ロバートというトリオのバランスを保つ秘訣なのです。

 

上京資金を貯めるための共同生活

 

地元を離れて芸人を目指すと決めた際、二人はすぐに行動に移しました。しかし、上京するには多額の資金が必要です。そこで二人は、アルバイトをして必死に貯金に励みました。この時期の苦労も、二人にとっては楽しい思い出の一つとして語られています。

 

東京に出てきてからも、しばらくの間は狭いアパートで共同生活を送っていました。貧乏生活の中でお互いに支え合い、時には一つの食べ物を分け合うような日々が、より一層二人の絆を強固なものにしました。馬場さんにとって秋山さんは、夢を追うパートナーであると同時に、見知らぬ土地で唯一頼れる心の拠り所だったのです。

 

このようなバックボーンがあるからこそ、現在の活躍があると言えます。馬場さんがお笑い以外の分野(料理など)で成功しても、秋山さんがそれを面白おかしく弄り、馬場さんがニコニコと受け流す構図は、長年の信頼関係が成せる技です。

 

山本博が加入して「トリオ」になった意外な経緯

 

秋山さんと馬場さんのコンビに、群馬県出身の山本博さんが加わることで「ロバート」は完成しました。なぜ二人だったところに山本さんが入ることになったのか、その舞台裏には秋山さんの緻密な戦略と、当時の人間模様がありました。

 

山本博という「最高のツッコミ」の発見

 

NSCでの修行中、秋山さんは自分たちのコンビに足りない要素を冷静に分析していました。秋山さんのキャラクターと馬場さんのボケ(あるいは天然の要素)だけでは、物語を整理して観客に伝える「ツッコミ」の役割が弱かったのです。そこで秋山さんが目をつけたのが、同期の中で目立っていた山本博さんでした。

 

山本さんは当時、別の相方と「山本山崎」というコンビを組んでいましたが、あまり上手くいっていませんでした。秋山さんは山本さんの丁寧なツッコミと、どこか「いじられやすい」キャラクターに可能性を感じました。「こいつが入れば、自分たちのボケをもっと活かせるはずだ」と確信した秋山さんは、山本さんに猛アプローチを仕掛けます。

 

山本さんからすれば、当時すでに面白いと評判だった秋山さんと、不思議な雰囲気を持つ馬場さんからの誘いは、大きなチャンスに見えたはずです。しかし、既存の仲良しコンビに入る不安もあったといいます。それを払拭させたのも、馬場さんの温かい受け入れ体制でした。

 

馬場と山本の「不思議な距離感」

 

山本さんが加入した際、最も懸念されたのは幼馴染みである秋山・馬場ペアの中に、外部の山本さんが馴染めるかどうかでした。しかし、ここで馬場さんの性格が良い方向に作用しました。馬場さんは山本さんに対して壁を作ることなく、最初から「新しい仲間」として接したのです。

 

むしろ、秋山さんと馬場さんが地元の話で盛り上がりすぎると、山本さんが疎外感を感じてしまうため、馬場さんはあえて山本さんと積極的にコミュニケーションを取ることもありました。現在でも、山本さんと馬場さんは二人で遊びに行くほど仲が良く、トリオ内の人間関係は非常に良好です。

 

山本さんはかつて「ロバートは秋山と馬場の世界観に、僕がお邪魔している感覚がずっとあった」と語っていますが、それを「居心地の良い場所」に変えたのは、馬場さんの穏やかな人柄だったと言えるでしょう。馬場さんが潤滑油の役割を果たすことで、トリオとしての結束が固まりました。

 

「ロバート」という名前の由来と決定

 

三人組となった彼らは、新しいグループ名を決める必要がありました。そこで候補に挙がったのが、現在でも語り草となっている「ロバート」という名前です。この名前を決めた理由も、彼ららしい脱力感に満ちています。

 

当時、お笑い界では漢字のコンビ名や、少しひねった名前が流行っていました。しかし、彼らはあえて「誰でも知っている外国人の名前」にしようと考えました。いくつかの候補の中から、響きが良くて覚えやすい「ロバート」が選ばれました。特にかっこいい意味や深い由来があるわけではなく、「なんとなく良さそう」という感覚で決まったのです。

 

このネーミングセンスこそが、ロバートの「何でもあり」な芸風を象徴しています。馬場さんもこの名前を気に入り、今では「馬場ちゃん」という愛称と共に、ロバートの一員としてのイメージが完全に定着しています。三人での活動が始まると、瞬く間に注目を集める存在へと成長していきました。

 

結成当初の苦労とブレイクのきっかけ

 

順調にトリオとしてのキャリアをスタートさせたロバートですが、最初から現在のような確固たる地位を築いていたわけではありません。彼らがどのようにして世間に認められ、ブレイクを果たしたのか、そのプロセスを振り返ります。

 

「はねるのトびら」での大抜擢

 

ロバートを一躍全国区の人気者に押し上げたのは、フジテレビ系のバラエティ番組『はねるのトびら』への出演でした。キングコング、ドランクドラゴン、北陽、インパルスと共に、次世代のお笑い界を担うメンバーとして選ばれたのです。当時、芸歴はまだ浅かったものの、そのポテンシャルの高さが評価されました。

 

番組内では、秋山さんの奇烈なキャラクターコントが爆発的な人気を博しました。その横で、馬場さんは決して目立ちすぎることなく、しかし確実にそこにいるという独特の存在感を放っていました。「何を考えているかわからない不思議なキャラクター」として、視聴者に強い印象を与えたのです。

 

この番組での経験は、ロバートにとって非常に大きな財産となりました。過酷なロケやコントの収録を通じて、三人のコンビネーションは極限まで磨かれました。馬場さんは、秋山さんの暴走を優しく見守る、あるいは一緒に楽しむという「癒やし系」のポジションを確立していきました。

 

キングオブコント2011での優勝

 

バラエティ番組での活躍が目立っていたロバートですが、彼らの真骨頂はやはり「コント」にあります。その実力を証明したのが、2011年に開催された『キングオブコント』での優勝でした。この大会で彼らが見せたコントは、圧倒的な完成度と独創性を誇っていました。

 

優勝ネタとなったコントでも、馬場さんの役割は非常に重要でした。秋山さんの強烈なキャラクターを際立たせるために、馬場さんは絶妙なタイミングで相槌を打ち、シュールな空気を増幅させました。山本さんの鋭いツッコミと相まって、ロバートにしか出せない笑いの形が完成した瞬間でした。

 

この優勝により、ロバートは「ただの人気バラエティ芸人」ではなく、「本格派のコント師」としての称号を手にしました。馬場さんもこの優勝をきっかけに、自分たちのスタイルに自信を持ち、より自然体で活動できるようになりました。

 

馬場裕之の「何もしない」という高度な技術

 

ロバートのコントにおいて、馬場さんはしばしば「セリフが少ない」「ただ立っているだけ」と揶揄されることがあります。しかし、これはお笑いにおいて非常に高度な技術です。主役である秋山さんを邪魔せず、かつ舞台上に必要な違和感を残し続けることは、誰にでもできることではありません。

 

馬場さんの持つ「何もしなくても面白い」という空気感は、天性のものであり、秋山さんが最も信頼している部分でもあります。秋山さんは、馬場さんがただ隣にいるだけで、自分のボケがより面白くなると確信しています。この「無の境地」とも言える立ち振る舞いこそが、馬場さんがコンビ(トリオ)として長生きできている理由の一つです。

 

結成当初は「もっと頑張れ」と言われることもあった馬場さんですが、次第にその独特のペースがロバートの味として認められるようになりました。現在では、そのゆったりとしたキャラクターが彼の最大の武器となっています。

 

現在のロバート馬場の活躍とトリオの絆

 

結成から25年以上が経過し、現在のロバートはそれぞれの得意分野を活かしたソロ活動も目立っています。特に馬場さんの「料理芸人」としての成功は目覚ましいものがありますが、それでもトリオとしての絆は揺らぐことがありません。

 

「料理芸人」としての新たな地位

 

近年、馬場さんはお笑い以上に料理の分野で注目を集めています。YouTubeチャンネル「馬場ごはん」は登録者数が100万人を超える大人気コンテンツとなり、数多くのレシピ本も出版しています。もともと凝り性だった性格が、料理というジャンルで花開いた形です。

 

しかし、馬場さんはあくまで「自分はロバートの馬場である」というスタンスを崩しません。料理の仕事をしている時も、どこか芸人らしいユーモアを忘れず、親しみやすいキャラクターでファンを魅了しています。料理での成功が、結果としてロバートの名前を広めることにも貢献しているのです。

 

秋山さんや山本さんも、馬場さんの料理での活躍を心から応援しています。バラエティ番組で共演した際には、秋山さんが馬場さんの料理ネタを面白おかしくいじり、それをきっかけに大きな笑いが生まれることも珍しくありません。個人の活動がトリオの魅力に還元される、理想的な関係性が築かれています。

 

熟年夫婦のような三人の関係性

 

長年一緒に活動を続けてきた三人の関係性は、今や「熟年夫婦」や「親戚」のような落ち着いたものになっています。若い頃のように無理に衝突することもなく、お互いの性格や考え方を熟知しているからこそ、程よい距離感で付き合えているようです。

 

特に馬場さんと秋山さんの関係は、相変わらずの仲の良さを見せています。収録の合間にも地元の話をしたり、お互いの近況を報告し合ったりする姿は、幼稚園の頃と変わらない純粋な友情を感じさせます。馬場さんにとって、ロバートという場所は「いつでも帰れる実家」のような安心感がある場所なのかもしれません。

 

最近では、三人が揃って出演するCMや地方番組も増えており、その息の合ったやり取りが幅広い層から支持されています。年齢を重ねても色褪せない、彼らの「ゆるくて深い絆」が、多くの人に愛される理由です。

 

ロバート馬場にとっての「コンビ」とは

 

馬場さんにとって、秋山さんや山本さんとコンビ(トリオ)を組んでいることは、人生においてどのような意味を持っているのでしょうか。彼はインタビューなどで「もし秋山に誘われていなかったら、自分は今頃何をしていたかわからない」とよく口にしています。

 

特別な野心がなかった馬場さんを、お笑いの世界という華やかな、しかし厳しい舞台に連れ出したのは秋山さんでした。馬場さんはそのことに対して深い感謝の念を抱いており、だからこそ「秋山の横に居続けること」を自分の役割として大切にしているのです。

 

お笑いのスタイルや活動内容は時代とともに変化しても、馬場裕之という芸人の根底にあるのは「幼馴染みとの絆」です。これからも、秋山さんの独創的な笑いと、山本さんの的確なツッコミ、そして馬場さんの穏やかな笑顔が合わさったロバートのコントは、私たちを楽しませ続けてくれるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンバー名 役割 特徴
秋山竜次 ネタ作り・ボケ 天才的な憑依芸と独創的な世界観
馬場裕之 ボケ・料理 天然で穏やかな空気感、高い受容力
山本博 ツッコミ・進行 常識人ポジション、ボクシング等の多趣味

 

ロバート馬場のコンビ・トリオ結成にまつわる重要エピソードまとめ

 

ロバート馬場さんがお笑いの世界に入り、現在のトリオを結成したきっかけは、幼馴染みである秋山竜次さんからの強い誘いがあったからこそでした。お笑いに対する強い執着がなかった馬場さんが、親友との「東京行き」を選んだことから、すべてが始まりました。

 

当初は「秋山・馬場」のコンビでしたが、NSC時代に山本博さんが加入したことで、笑いのバランスが完璧な「ロバート」が誕生しました。馬場さんの持つ独特の穏やかさと、どんな状況も受け入れる懐の深さが、個性の強いメンバーを繋ぎ止める重要な要素となっています。

 

現在は料理芸人としても大成功を収めている馬場さんですが、その活躍の根底には常にロバートという場所があり、秋山さんや山本さんとの揺るぎない絆があります。幼馴染みから始まった物語が、今や日本を代表するお笑いトリオへと成長した背景には、互いを尊重し合う深い信頼関係がありました。これからも、彼ら三人が生み出す唯一無二の笑いに注目していきましょう。